飯舘村と自身や家族の「今」 菅野大輝(3/11 キッズ フォト ジャーナルOB)

3/11 Kids’ Photo Journalは、3月11日に東日本大震災から10年を迎えるのに合わせて、活動に参加してくれた子どもたちに久しぶりのジャーナルを依頼しました。 さっそく、福島県の飯舘村支局のメンバーとして活動した菅野大輝君から返信がありました。 福島第一原子力発電所の事故によって住民が避難した飯舘村と自身や家族の「今」を伝えてくれています。

 

3/11 キッズ フォト ジャーナル事務局

 

__________________________________________________________________________________________________

 

東日本大震災から10年が経過しました。

当時中学一年生だった私も社会人になって働いています。 

 

飯舘村の現状です。

飯舘村は平成29年3月31日(2017年3月31日)に一部帰還困難区域を除いて避難解除となりました。現在の村民は

約5200人で帰村したのは約1500人です。現在も約3700人ほどが福島県内外に避難をして生活を続けています。

避難解除とともに村内のインフラも整備され、平成29年8月には道の駅「いいたて村の道の駅までい館」がオープンしました。

また平成30年4月1日に「までいの里こども園」(保育所、幼稚園)、小中一貫校(飯舘村立いいたて希望の里学園)と教育

施設なども再開しています。 

 

photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal
photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal

「いいたて村の道の駅までい館」に併設された多目的交流広場「ふかや風の子広場」

 

 

photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal
photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal

小中一貫校 飯舘村立いいたて希望の里学園

 

 

 

photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal
photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal

いいたてスポーツ公園

 

 

photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal
photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal

いいたてスポーツ公園

 

 

2年前に祖父母は飯舘村に戻りました。そして私と両親、弟は福島市内にある祖父母が生活していた住居に移り生活をしています。 福島市から飯舘村まで40〜50分ほどかかります。1ヶ月に1回は飯舘村の祖父母の様子を見に帰ります。帰る時は隣町の川俣町で祖父母の好きなものを買っていきます。

 

 

photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal
photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal

飯舘村

 

 

photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal
photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal

祖父母

 

 

photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal
photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal

飯舘村の自宅裏にある氏神様

 

 

祖父母は飯舘村で自宅で食べる分の野菜を作り生活をしています。以前祖父母から聞きましたが、「福島市にいるとなかなか体を

動かす機会がない、散歩ぐらいで体が鈍ってしまう。飯舘村に来ると毎日何かやることがあって、体を動かすことができてとても

良い」と話してました。  

 

一方で避難解除となった飯舘村ですが、村内にはフレコンバッグ(除染土を入れる袋)が至る所にあります。毎日大型トラックが

搬出を続けていますが、まだまだ先が長いと感じています。フレコンバッグと共存をしている現状です。

 

photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal
photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal

飯舘村役場や学校施設から直線で1キロほど離れたところにある、除染土の仮置き場

 

 

photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal
photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal

除染土を入れたフレコンバッグの仮置き場、村内の至る所に所にあります。緑のシートを被せ一時的に保管し大型トラックで搬出します。

 

 

photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal
photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal

除染土を入れたフレコンバッグの仮置き場、村内の至る所に所にあります。緑のシートを被せ一時的に保管し大型トラックで搬出します。

 

 

私は避難先の福島市で新しい生活を送っています。新しい生活基盤を作ったので、今飯舘村に戻るかと言われたら戻りません。

ただ複雑な気持ちではあります。まだ先の話ですが、いずれ飯舘村に戻り、自家栽培をした野菜や米で生活できたらと思ってい

ます。

 

これからも飯舘村は、復興に向けて少しずつ歩んでいきます。10年で節目と言われますが、震災当時から変わってないところ、

そして新しく生まれ変わった飯舘村の一部を今回記事にさせていただきました。

 

 

photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal
photo by ©Hiroki Kanno/311 Kids' Photo Journal

現在のセルフポートレート

 

 

菅野大輝 (飯舘村支局OB) 23才